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「凄い…もう無くなってる」
包帯を解きながら、ティリエが呟く。
「そんなに深い傷じゃなかったんだろ」
「それにしたって早いわ。一度開いたのに、10日で完治するなんて」
ま、確かにな。ぱっくり開いて痛々しかった左腕は、今はかすり傷一つ見当たらない。どうやら俺は並外れた回復力を持ってるらしい。
「ウォーラの調子は?」
「お蔭様で。予告しなかった敵が出て来るといつもああだから、仕方がないわ」
「にしてももう10日だぞ」
「魔器はデリケートなのよ、あなたと違って」
そう言いながらティリエは壁にかけてあったテシン、ウォーラを撫でた。ウォーラは心なしか嬉しそ…いや、嘘だ。俺には武器の表情なんてわからない。
イラニドロには愛用の武器に名前を付ける習慣がある。ティリエのテシンはウォーラ。
こいつは、ちょっと特殊だ。
『わぁっ!き、急に触らないでよ。びっくりするなぁ』
「あー悪い悪い」
なんとこいつ、喋る。
正確には、人と同じように意志を持っていて、触れることで何を考えてるかがわかる。テシンを含め、武器の一部を使用者が生み出したり自在に変形したりして使う魔器は使用者と心が通うから、まれに意志が宿るらしい。ちなみにウォーラを宿らせたのはティリエじゃなく、若かりし日のじいさんだそうだ。
「アルツ、声をかけてから触ってって言ってるでしょ。ウォーラは臆病なんだから」
ティリエが俺を窘める。
アルツ
俺の名前だ。
呼び名がなくて面倒と言ったのはロードだが、つけたのはティリエだった。かっこいい名前にしよう、『勇ましい』って意味の『スエガルオス』はどうだ、というロードの案は一瞬で却下され、覚えやすい方がいいと『記憶』という意味の『アルツ』が採用された。勿論ティリエの一存で。
記憶は無いのにアルツ。ま、悪くないだろ?
俺はあれから傷の療養やら村の手伝いやらをしながら、なんやかんやでティリエの家に居候している。行く宛のないところを拾われてしまった訳だ。
「臆病な武器なんて面倒じゃないか?」
「魔器に大切なのは心を通わせることよ。それに、あなたの剣だって臆病かも知れないわ」
「あれは魔器じゃないだろ」
「鋼だって意志が宿ってもおかしくないわ」
「そうか。ロードが毎日話し掛けて、恋人みたいに愛してるのがいい例だな」
「あれは例外よ」
ロードの長剣、ハーベストには高貴な装飾が施されていて、刃もいつもぴかぴかに磨きあげられて、なんていうかロードの愛情を感じる。ロードはもともと武器観賞が趣味らしいから手をかけるのもわかるけど、おやすみのキスはどうかと思うな。俺がハーベストならそのまま唇を切り落としてやるところだ。ティリエも同じことを考えてたんだろう、顔を曇らせて身震いした。
「で、これからの予定は覚えてる?」
「山小屋の修理に見回り、で、帰りにガルグの家に寄っていく?」
「そ。私はマテリと薬草摘みに行くから、頼むわよ。大丈夫よね?」
「大丈夫だよ。村の構造も覚えたし」
そうよね、というティリエの相槌は、勢いよく開いたドアの音に掻き消された。
「どうだアルツ?準備できたか?」
「…ロード。入る時はノックしてって何度言ったらわかるの?」
「あーすまんすまん、ど忘れだ」
「あなたの頭に脳みそが入ってるのか本当に心配になるんだけど」
「見るか?そんなことはいいとしてアルツ!ほら、日が暮れる前に片付けるぞ!」
呆れ返るティリエをよそに、ロードは俺の肩を掴んで強引に引きずり出した。
男二人で肩組んで歩くのも妙な話だよな。ほらみろ、子供に笑われてる。しかしなんせこいつの手はでかすぎて、抵抗するだけ無駄だってここ最近わかった。
「ロード、歩きにくい」
「なんだよーお前も俺が嫌いか、嫌われものだよ俺は」
「誰もそんなこと言ってないだろ?」
「寂しいよ全く。泣けてくるぜ」
そう言いながらも、ロードは俺から離れた。首周りが開放感でいっぱいになる。そうか、きっとお前はいつもこんな気持ちなんだろうな、ハーベスト。
でもティリエが言うほど、俺はロードが嫌いじゃない。
村の若い男はほとんど都市に働きに出るから、実質いるのは俺とロードだけだ。馬鹿だけど根はいい奴…だと思う。それにティリエもだけど、なにより二人は腕が立つ。
「なぁ、なんでティリエと仲悪いんだ?」
穴のあいた屋根に木材を宛てがいながら、俺は会った時から気になっていたことを聞いてみた。ロードは釘を打つ手を止めて、俺を見た。
「俺が、か?」
「他に誰かいるか?」
「…ふぅむ、そうだなぁ……実は俺にもよくわからんのだよな」
頭をかきながら、ロードはなんとも適当な答えを口にした。
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